あたしは自分の部屋でも勉強しておきなさいって言われて、薬草のことが書かれた文献やユーキが暇なときに書いたという、薬草について書かれている綺麗な手書きの挿絵入りの覚書を貸して貰った。

ガリアには生えていない、オリエント(アジア方面)のものだという薬草の種を貰ったりもした。

そんなところを見ても、彼がただの愛妾とは思えなかった。文献やオリエントからの種なんて、特別な伝手があるところから取り寄せるしかないだろうし、手書きの本だって、紙もインクも高価なものだと知っているから。

王様にねだったものだからとしても、それを人にあっさりくれるなんて考えられない。

そう言えば、文字の知識だってそう。ラテン語の表記なんてあるのだから、どこかで正式に教わっていなくてはおかしいのよね。平民や流れ者が文字を知っているということがそもそもありえない。貴族の中でも向学心とか目的がなければ知らないままの人だっているくらいだから。

あたしの場合は薬草のことが知りたくて、母様にお願いして文字を習った。

では、ユーキの場合は?

でも、あたしは詳しい事情を詮索するつもりはなかった。そんなことに気を散らしている暇もなかったということ。

とりあえず教えてもらえるだけたくさんの知識を詰め込んで、領地に持ち帰らなくてはならなかったから。それがいつになるかわからなかったけど、もう時間の問題だってことはわかっていたから、必死でその時に備えなければならなかったのよね。

詮索するとマズいことになるって、無意識に分かっていたのかもしれないけど。

だから時折、ケイ王様がやってきて、目立たないようにあたしたちの背後で様子を見ていてもさほど気にしなくなっていた。もちろん最初は気になってしまってユーキに叱られたりしたけど、何回かすれば背景と同じ扱い。

ケイ王様のあたしたちを見る目がだんだん険しいものになっていたなんてことにはまったく気がつかなかった。ユーキの方は気がついていたようだけど知らないふりをしていたらしいけど。

あ、時折なだめるように微笑んで見せていたのはそれだったのかも。





そんな充実した日々を過ごしていたある日。午餐が終わったあとに、召使がやってきてあたしに王様からの招待状を手渡してきた。中には親しくお話しことがあるのだとかいうもっともらしい理由が書いてあった。

「あたしを王様がお呼びになられたの?」

「まぁぁ!お嬢様、王様のお召しでございますよ!これは喜ばしいことでございますよ。綺麗にお支度をしなければ」

乳母はとても嬉しそうで、すっかり張り切ってしまって急いで支度するようにうながしたけど、あたしはこの呼び出しの理由について首をかしげていた。いったい何の用事があるんだろう?

もしあたしが絶世の美女だとでも言うのなら、ユーキに代わって愛妾にしたくなったとでも考え付いてはしゃいだかもしれないけど・・・・・。

いや、ないない。

あいにくあたしは自分の容姿についてうぬぼれも自慢も持ってはいない。あたしの顔は先日並べられた美人ぞろいの娘たちの中で目立つような顔じゃなかったし、ケイ王様を魅了するような才気もない。

あー、その前にあのベタ惚れの王様がユーキ以外に目移りするなんて絶対に思えないし。

「恐れ入りますが、王様は直ちに連れてくるようにと仰せです。どうぞそのままのお支度でおいでください」

あたしを連れに来た召使がせかす。

「そんなこと出来ませんよ!お嬢様のお支度も無く行かせるなんてとんでもない」

乳母は抗議したけど、召使は横に首を振った。

「王様のご命令でございます」

にこやかに笑いながらも召使は引き下がらない。

「王様をお待たせしてはまずいわ。いいです、このまま伺います」

あたしはそう言って召使のあとに従った。

そうよね。考えてみたら、あたしの着ているものなんて、あの王様が気にするはずなんてないし。気にしてもらっても困るし。急いでいるみたいなんだからこのままでじゅうぶんよね。

「お待ちください。お嬢様一人で行かせるわけにはいきません」

あたしが部屋を出て行ったものだから、あわてて乳母もついてきた。

召使の先導で城の中を進んでいくと、あちこちの窓からオレンジ色の夕日がこぼれだしているのが見えた。夏は日が暮れるのが遅いから、この時期は午餐(夕食)が終わってかなりの時間が経っていても外はまだ明るい。

あたしがついていく気になったのもこのせい。もし日が落ちて暗くなっていたら、さすがのあたしもケイ王様の元へと行くのに二の足を踏んだに違いないから。





召使はどんどん奥へと行き、城の一郭で立ち止まった。ここは控え室なのかしら?

「では、乳母殿はこちらでお待ちになられますよう」

召使にそう言われて、乳母は悲鳴を上げた。

「とんでもないことでございます!お嬢様を殿方のもとに一人で行かせるわけにはいかないじゃありませんか!お嬢様は嫁入り前の、その生娘なんでございますよ?それなのに付き添いもつけずに行かせようとは、礼儀知らずにもほどがあります!」

いや、乳母や。生娘なんて口にしなくていいから。

まだまだ言い募ろうとしていたのを、召使はきっぱりさえぎった。

「お嬢様に内密のご下問があると伺っております。ほんの少しのお時間だけですぐにこちらにお返しいたしますし、お嬢様に傷一つつけないことを国の威信に賭けて保証いたします。それとも、ブリガンテスの王が若い娘を呼び出して不埒な振る舞いに及ぶとでもお思いなのですか?」

それ以上言い返せばブリガンテスに不平があるのかと言われかねない。もともと愛妾候補として連れてこられたんだから、何かしようと思えばただ閨に呼びつければいいだけのこと。娘ひとりにそんな手間を掛ける必要はないものね。
そして、王様に対して不用意な疑惑を口にすることは荘園領主である父様にはまずいこと。それが分かっているから乳母も追及は出来なくなって、召使の高圧的な口調にすっかりたじろいでしまっていた。うん、権威に弱いしねぇ・・・・・。

乳母が立ちすくんでいる間に、あたしと案内の召使は長い廊下を進む。この間、ユーキと一緒に歩いてきた廊下とは違うけど、次第に人の数が少なくなってきていて、ここも王様のプライベートな場所だって分かる。

「この先の案内は必要ありませんので、お一人でいらっしゃって下さい。お入りになるべき部屋はすぐに分かりますので」

召使が廊下の途中まで来ると、端に寄ってあたしに奥へと指し示してきた。

「ご用事がお済みになりましたら、こちらまでお戻りください。元のお部屋までお送りいたします」

そう言うと、さっさとあたしを置いて控え室へと戻っていってしまった。

さて、あたしが入る部屋ってどこなんだろう?

廊下の奥にあるドアは薄く開いていて、中から光がもれていた。

あそこで王様が待っているというわけね。ご下問ってことは、何かあたしに聞きたいってことなんだろうけど、いったい何が聞きたいのかしら。さっぱり分からない。

あれ?この間ユーキと一緒に入った王様の居室とは違うわよね?てっきりあそこに案内されるんだろうって思っていたんだけど違っていた。

まあ、王様ならいくつも私室を持っているだろうと考えたから、さほど不思議には思わなかったんだけど。

「失礼しまー・・・・・え?」

中から聞こえてきた悲しげな声。

「・・・・・あ・・・・・も、もう、ゆるして・・・・・・・・・・」

悲しそうな、すすり泣いているようにも聞こえる。

・・・・・ユーキの声だわ!!

もしかしてユーキが王様に暴行でもされているの!?

そうだとしたら、あたしが彼に薬草のことを教えていることと関係しているのかもしれない!だから処罰するためにあたしをここに呼び出したの?

でも、ケイ王様は教えることについてはとがめたりしないって約束していたじゃないの。王様のくせに誓いをたがえるようなことをするのかしら?!

あたしはすっかり頭に血が上ってしまい、どうしてこんなに城の奥へと呼ばれたのかなんて深く考えもせず、扉を開けて中と踏み込んでいった。

そのとたん、だった。

「ああ・・・・・!ケ、ケイ・・・・・。あ、そこ・・・・・あ、イイ・・・・・すごく、気持ちいいよ・・・・・」

甘くかすれてとろけそうな声。

気がつかないうちにあたしはずるずると腰が砕けて、ぺたりと床に座り込んでしまっていた。

そこであたしが見たものは、ベッドの上でケイ王様がユーキに組み付いている姿だったのだから。

もちろん争っているわけじゃない。二人とも裸で、ケイ王様が胡坐をかいた膝にユーキが乗せられ、腕はケイ王様の首にかけられて、ユーキの足が王様の腰に巻きつけられていて、息も絶え絶えにあえいでいる。

打ち付けられる腰に、自分から腰を揺らして快感をむさぼっているのが・・・・・よく、わかる。

「も、もう、イかせてっ・・・・・!これ以上じらされたら・・・・・あうっ・・・・・ふぅん・・・・・」

「イきたいのですか?」

「・・・・・ん・・・・・」

ユーキはこくこくと必死にうなずいていた。綺麗な横顔につうっと涙が零れ落ちていくのが見えて、とても美しかった。

ケイ王様はユーキの足を抱えると、腰をつかみ、あやすようにゆっくりと揺さぶり始めた。

「あ、嫌だ。じ、じらさないでっ!」

じれたユーキが自分から腰を動かしはじめた。

「こう、ですか?」

「ああっ!・・・・・ひっ・・・・・!」

白い喉をそらして、ユーキが啼いていた。腰をくねらせ、汗が浮いた背中を反らせて。

きらきらと肌を濡らす汗が夕日に光ってとても綺麗だった。

ケイ王の片手が二人の間で震えているユーキの昂ぶりを捉えて撫でしごくと、ユーキは更に切なげな啼き声をあげ、もう我慢できないといった様子で腰を動かし始めた。

あたしは、早くこの部屋から出なくちゃと、ぼんやりと思っていた。恥ずかしがりやのユーキが気がついたら、かなり、いや、とーっても気まずく思うだろうし、なんて。

でも、驚きのあまりに腰が抜けるということが本当にあるんだってことを身をもって実感していた。ぜんぜん立てないんだから、もう!

動け、この足!!

あせってもすっかり力が抜けてしまった腰は立とうとしても立ってくれない。

その上、視線を動かすことが出来ないんですけど!!

見ちゃだめだって思っているんだけど、ユーキが困るって分かっているんだけど、そりゃあもう貼り付いてしまったかのように、視線は二人の姿に釘付け。

「あ、ああ・・・・・も、もう・・・・・イくっ・・・・・!」

ほんのりと上気したユーキのからだが反り返って強張った。ケイ王様の首にしがみついていた手が背中をつかみぎゅっと爪が食い込むのが見えた。でもケイ王様はさほど痛そうな顔をしていなかったけど。

「イきますっ!」

ケイ王様がそう言うと、ぎゅっとユーキの腰をつかんで強く揺さぶっていく。白い肌に王様の指が食い込んで、とてもエロティックだった。

二人の激しい息遣いだけが部屋の中に響く。

「・・・・・死ぬかと思った・・・・・」

う、うわ、うわっ!うわ〜っ!!なんて、なんて、色っぽいの〜〜!!

あたしはユーキの甘いかすれ声に、赤くなっていた顔がさらに赤くなってしまった。

で、はたと気がついた。夢中になっていた二人だけど、コトが済んだのなら周りに意識を向ける余裕も出来るってことに。

ま、まずいわっ!早くこの場を退散しなければ!!

なんとか動き出した頭と腰に力を入れて逃げ出そうとしていたら、ふっとケイ王様が顔をあげて、あたしに向かってにんまりと笑って見せてきた。


な、なんてことを!!


この王様、あたしに対してわざわざこんな場面を見せつけるためにこの部屋に呼び寄せたのね!嫁入り前の乙女に対してなんてことをするの。

あたしは猛烈に腹が立ったけど、この場はユーキに見つかる方が問題だから、何も言わずにこの場から逃げ出すことにしてこそこそと出口に向かって這い出した。

カタン・・・・・。

ま、まずいっ!

うっかり部屋の隅に置いてあった長櫃に手が当たってしまった。

「・・・・・え?」

すぐにユーキがこっちを振り向いて、あたしを見つけてしまった。あたしも振り向いてしまったから、しっかり目も合ってしまったよぉ〜!まずいったらないじゃないのぉ〜〜!!

「・・・・・なっ!な、なんできみがここにいるんだ!?」

うろたえきった声でユーキが叫んだ。

あたしだって叫びたいわよ。

みるみるうちに彼の綺麗な顔が真っ赤になり、それから蒼白になっていくのがわかった。

「あ、あの、ごめんなさい!お邪魔するつもりはまったくなかったんですぅ。絶対に誰にも言いませんから!本当に。あ、あの、失礼しますぅ〜〜!」

あたしはようやく動けるようになった足で立ち上がり、動かせるだけ動かしてケイ王様の寝室から一目散に逃げ出した。そうよね。ここは寝室だったのよねぇ、しつらえを見ればすぐわかったはずなのに。うっかりにもほどがあるってものよ。

背後でユーキらしい声があたしを呼び止めていたようにも思うけど、もうあの部屋に戻ったりできるわけない!そんな勇気はありませんから!

その後のことはパニックしてしまったので、あまり覚えていない。先ほど召使と分かれた場所まで戻ってきて、控え室で待っていた召使と乳母とで自分たちの部屋へと戻ってきたんだと思うけど。

はぁ。魂が飛んだわねぇ・・・・・・・・・・。

乳母はあたしの態度を見て、ケイ王様から何かされたんじゃないかってひどく心配してたらしい。なるべく態度に見せないようにしていたつもりだけど、長年一緒に暮らしている乳母の目はごまかせないわよね。

でも、あたしの着ていた服は汚れても破けてもいなかったし、肌にも傷が無いわけだし。(まあ、膝とてのひらはほこりがついていたけれど)

行って帰ってきた時間を考えると、あたしの身に何かあったとは考えられないほど短い時間だったから、あたしが暴行されたりしたわけじゃないってことは分かってもらえたみたい。

あたしが何度もなんでもないって言い張って、何があったのかは他言無用。秘密にしなければいけないと命じられたと言い切って、何とかそれ以上追求するのはあきらめてもらった。

本当はケイ王様に命令されたわけじゃなかったけど、あそこで何があったのかなんて、絶対に言えないでしょうよ。どんなに問い詰められてもね!




ああ、それにしても、明日からどんな顔をしてユーキと会えばいいの?

まともに見られる気がしないんだけどぉぉ〜!!